【福博今昔通り物語】vol.5 浄水通り編~かつて「浄水場」があった

 福岡市中央区薬院4丁目から同市動植物園(同区南公園)に向かう坂道は「浄水通り」の名で親しまれています。かつて浄水場があったことに由来。通りにはさまざまな歴史が刻まれています。

1923年に浄水場閉場後、植物園に
 
浄水通りは、市道「薬院南公園線」が正式名称です。実は、福岡市の道路愛称事業で決定した名前ではなく、地域で親しまれている愛称です。
 由来となった「平尾浄水場」は1923年、現在の植物園がある場所に造られました。同年3月1日付の福岡日日新聞(西日本新聞の前身)朝刊は「十年の歳月を費した福岡市上水道の完成」「今日華々しき通水式」「文化的大施設」などと大きく紙面を割いて伝えています。

1976年。当時の平尾浄水場

1976年。当時の平尾浄水場

 浄水場は76年、役目を終えて閉場し、80年に植物園が開園しました。園内には、配水池点検用通路の入り口として使われていた建物が保存され、歴史の一端を見ることができます。

東公園から移転 パンダが来たことも
 一帯のランドマークである動物園は、そもそも33年、同市東部の東公園に造られました。太平洋戦争の激化に伴い44年に閉園。戦後、「動物園の開園を」という機運が高まり、改めて53年、現在の場所(南公園)に造られたのです。

1953年。開園初日からにぎわう動物園

1953年。開園初日からにぎわう動物園

 80年には福岡市と中国広州市の友好都市締結1周年を記念して2か月間、ジャイアントパンダ2頭が同園に。「シャンシャン」と「パオリン」という名の愛らしい2頭を見ようと連日大勢の人が詰め掛けました。

1980年。水浴びをして気持ちよさそうなパンダ

1980年。水浴びをして気持ちよさそうなパンダ

 浄水通り沿いにはかつて、県営プールや九電記念体育館などの施設もありました。
 おしゃれな店が点在し、落ち着いた雰囲気が漂う浄水通り。今も多くの人が行き交います。

県営プールや、九電記念体育館(奥)

1969年。県営プールや、九電記念体育館(奥)

◆~ちょっと寄り道~近くの通り散策◆
「大休山通り」
 動植物園などがある丘陵地(南公園)は、かつて「大休山おおやすみやま」と呼ばれていました。江戸時代の地誌「筑前国続風土記」には大休山についての記述があり、「天下に名高き須磨、明石」などもこの眺望には及ばないとたたえています。地元・小笹公民館の事業で、丘陵地南側の道路に「大休山通り」という名前が付けられました。

現在の大休山通り

「動物園の正門」
 昨秋、動物園のエントランス施設がリニューアルされ、正門が新たに設置されました。このデザイン、東公園時代の正門を“復刻”したものなのです。
 動物園がかつてあった場所には現在、馬出小学校(福岡市東区)が建っていますが、付近には当時の正門が市の文化財として保存されています。

現在の動物園正門

1944年。東公園時代の正門

企画・制作/西日本新聞社メディアビジネス局

※情報は2019.7.10時点のものです

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