肩書に頼らず「自分そのもの」で勝負 ジャーナリスト加藤暁子さん

 誰かに人を紹介するとき、一般的にはその人の肩書を最初に伝えるが、その肩書がありすぎて何と紹介すればいいか迷う人が稀にいる。今回、ご紹介するのは、そんな人の一人。元毎日新聞記者で、公益財団法人AFS日本協会理事長、「日本の次世代リーダー塾」専務理事・事務局長、NPO法人「九州・アジア経営塾」プログラムアドバイザー、株式会社ぐるなび顧問、株式会社西日本新聞社客員編集委員、RKB毎日放送株式会社アジア戦略室顧問、代々木公園ドッグランサポーターズクラブ会長・・・幅広い分野で活躍する女性、加藤暁子さんです。

―数ある肩書をお持ちですが、日本協会理事長を務められているAFS(American Field Service)とはどんな団体ですか?

100年以上の歴史を持つ国際的なボランティア団体で、世界各地で高校生の交換留学を行っています。

―現在、どのくらいの人数の高校生が留学していますか。

海外から日本へ受け入れる留学生は、年間50数カ国から約300人。日本からも毎年約300人を50数カ国に派遣しています。私自身も高校3年生の時にAFSでアメリカに1年留学しましたが、あのときの異文化体験から得たものは大きいですね。 

―留学で得た体験とは?

私が留学したのはコネチカット州の黒人が多く住む街で、ホストファミリーは酒店を経営していました。そこで人種間の問題や貧困の問題を目の当りにし、学校の授業では原爆投下の是非が議論されるなど、日本とは違う価値観や考え方があると痛烈に感じました。当時の私は、原爆投下が正当化されるような意見があるなんて考えもしませんでした。アメリカでは、戦争を終結するために原爆は必要だったという考えもありますが、そこには被爆者の存在がまったく語られていなかった。当時、私はたどたどしい英語で、被爆者がいかに辛い思いをしているのかを授業で伝えましたが、人種差別や平和問題など、ジャーナリストとして今でも持ち続けている問題意識の原点はここにあると思います。

 

―日本に戻られてからはどんな生活を?

上智大学に進学後、原爆の事実を米国の地方記者が伝える「秋葉プロジェクト」に参加しました。アメリカの地方新聞の記者を招き、被爆者の声を伝えるプロジェクトです。また、AFS日本協会のボランティア活動にほとんどの時間を費やしました。

―留学で得た経験を活かし、活動を続けていたんですね。

大学3年生のとき、毎日新聞社の採用試験が学歴不問ということで受験。4年生で記者として福岡に配属されました。

―初めての福岡、そして新聞記者生活のスタートはどうでしたか。

警察担当時代は慣れないことも多く苦労もしましたが、今でも福岡市の中央警察署前を通ると当時のことを思い出して懐かしくなりますね。また、当時はアジア太平洋博覧会が福岡で開催されるということで盛り上がっていましたが、アジアに目を向けるようになったのもこのころです。

―加藤さんはマレーシアの元首相マハティール氏と親交があり、マハティール氏の著書の訳も多くあります。また、昨年3月にタイで開催された「日タイ修好130周年記念アユタヤ“絆”駅伝」でアドバイザーを務めるなど、アジアでの活躍が目覚ましいですね。

福岡から東京本社経済部に転勤した後、国の財政や証券、流通、自動車業界などを取材していたのですが、30代になって記者として何をしたいのか自問自答するようになり、原点に戻ってアジアを学びたいと、まだ幼かった娘を連れてタイに1年間社命留学しました。1996年には、香港で初の子連れ特派員に。5年半の滞在中、香港返還やアジア通貨危機など激動のアジアを取材しました。現在、アジアでのお仕事が多いのは、こうした経験があってこそのことだと思っていますし、当時お世話になったアジアの方々に何か恩返しができればという気持ちで取り組んでいます。

―約20年間の新聞記者時代を経て、独立されたきっかけは。

香港特派員の時、日本の新聞社だといっても誰も相手にしてくれない。日本では「毎日新聞の記者」という肩書で簡単にコミュニケーションがとれていたのに、海外では通用しないことを痛感しました。そこで、肩書に頼らず、『加藤暁子』として知ってもらえるようにならなければ、と思ったんです。できるだけ自分の中の引き出しを増やす努力をしましたし、相手が知りたいと思っていることは徹底的に調べ、レポートを届ける。そんなことを続けているうちにマハティールさんとも仲良くなり、肩書がなくても『加藤暁子』として連絡してくれる人が増えました。そして次第に、『書く』だけでなく『行動』を起こしてアジアの人たちのためにできることをしたいと思うようになりました。

―現在は、全国の高校生を対象にした「日本の次世代リーダー養成塾」など、若者の人材育成にも力を注いでいますね。

これからの時代を担う若者の人材育成が何より大切だと思っています。福岡県宗像市で毎年夏に開催しているリーダー塾には、15年で約2500人が参加しました。既に世界で活躍している卒塾生も多いですし、頼もしい限りです。日本人の高校生だけでなく、アジアの高校生たちも一緒に取り組むハイスクールサミットも開催していますが、次世代を牽引する彼らが内向きになることなく、広い視野と深い感受性を持って、平和な世界、戦争のない世界について真剣に討論するのは意義があることだと思います。

―最後に、加藤さんの信条とメッセージをお願いします。

私は物心ついたときから「余の辞書に不可能という文字はない」と育てられてきました(笑)。できない理由を探して実行しない「できない論理」は、私にはない。何か問題に直面した時は、できない理由ではなく、どうやったらできるかを考える。諦めず、創意工夫して本気で取り組めば9割近くはきっとできる。そう信じています。もっとも、完璧主義だとつぶれてしまうし、どうしてもできないことだってありますが、「できる」と信じて前を向いて歩いていきましょう!

※情報は2018.3.10時点のものです

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